気合が足りない!

振り返ってみて

ここ数年の私は「ユルユル」派に徹している。
前はもっと尖がっていた。よく言えば向上心とか野心があったし、そのための努力もできた。年をとった、ということなのかな。人間は年を取ると丸くなるっていうけれど、これがそういうことなのかな。
人格が丸くなるのと、消極的になるのは違うと思う。今の私は、仕事でも生き方でも自信も軸もないし、果敢にチャレンジするという気概もあまりない。「果敢でありたい」という願望は、人一倍強くて、10代の頃はその願望に自分の心身を追いつかせようとするかのように頑張ってきた。そういう無理をするだけのエネルギーも有り余っていた。
でも、20代のあるときに、自分の願望に無理に合わせようとしなくてもいいんだ、と思うようになる事件があった。あまり前向きな話ではない。正確には「無理に合わせて生きたって仕方がないじゃないか」と思うようなターニング・ポイントだ。その時を境に、私は少し気が楽になった。それと同時に、何かを諦めた...のだと思う。 
一度ペースを落とした人間が、もう一度、先頭集団を目で捉えられるところまで追い上げるのには、ある意味、先頭集団の人達以上の努力が必要だ。人生をマラソンに例えると、そういうことなんだ。

いっぱいいっぱいだなぁ

最近の私は不安定だった。職場における自分のポジションや担当業務の中途半端さ。
ともすれば、ジワジワ低下してしまう自分のモチベーションを如何にして維持するのか。受身でいると底辺まで下がってしまう。大学院の日々に逃げ込むのではなく、所与の環境や条件の中で自分が創出できる価値はないのか。
大学院でもこの3週間で、論文のテーマを決めなければならない。「これ、やってみたいで〜す」ならラクだけど、その分野にはどんな先行研究があって、自分はどんな疑問を持っていて、どんなアプローチでその解法を見出したいのか、目指す結論(仮説)は何か…。そこまで決めなければならないのだ。さすが修士、社会人向けとは言え、学部時代とは比較にならない。
こんなことを抱えている上に、大きな転機のチャンスが来た。そして、そのことに困惑して不安が重なっているところに、一昨日の動揺する出来事が起きた。何だかもう、いっぱいいっぱいだな、私の脳みそ(笑) 
こういう時、お酒が好きな人はワインとか焼酎を気分良く飲んで、気持ちも紛れるだろうけど、残念ながら下戸なので、家には料理用しか置いていない。
星空を見ると、自分の悩みは小さいと思えるけれど、あいにく今夜の東京は雪だ。