美しい数式

年末年始、大学院の課題と卒業論文を放りっぱなしにして読んでいたのは、小川洋子の「博士の愛した数式」。これは手放しに素晴らしい!
彼女の小説を手にするのは、学生時代に「妊娠カレンダー」を読んで「う…私には無理」と思って以来のことだ。なぜ10年以上のブランクを経て手に取ったのか。それは、「数式」が純文学でどのように扱われるのかを知りたかったからだ。
彼女の文章は、「透明」というより「ひんやりした無色」、「清潔感」というより「消毒液の匂い」。Suzumeの印象はそういう感じ。
たった1冊の小説で決め付けて申し訳ないけれど、「妊娠カレンダー」を読んでいると、綺麗好きを通りこして潔癖症、やや病的な不安や脆さが伝わってきて、それがSuzumeの神経に共振するのがしんどくて。多分、小川洋子という作家は、言葉に対する感応度がずばぬけて高い人なのだろう。
でも「博士の愛した数式」は物語全体に温もりが感じられる。そこには確かにいくつかの「愛」のかたちが存在していて、読んでいると時折、どこからともなく愛おしい感情がSuzumeの体内からも溢れ出てくる。
誰に対して?博士に。ルートに。家政婦に。あるいは阪神の江夏投手にさえも。
そして、“e^(iπ)+1=0”。
このオイラーの等式を斯くも美しく表現した文章があろうか。
推理小説の暗号ではない。これが純文学の中に自然に溶け込んでいる、ということの不思議さ。
そして最後に登場する完全数「28」の一文節。それによって、博士の心にバラバラに棲んでいるように感じていた全ての符号が、読む者の頭の中で繋がるのだ。パズルの最後のピースがようやく見つかったかのように。
すごい作家だと思う。
博士の愛した数式 (新潮文庫)