奇跡の恋とは?

林真理子著作「秋の森の奇跡」を読む。
彼女の本はハードカバーで読むことが多い。装丁がきれいなのが気に入っている。今回の装丁は、クリムトの官能的な装飾をちょっぴり彷彿させるもので、書店ですぐに目を引いた。
コピーライターからスタートした彼女が「作家」という地位を不動のものにしたのは直木賞を受賞した頃だろうか。Suzumeは今までも何度か日記に書いているけれど、林真理子作品はかなり読む。特に彼女のエッセーは好きだ。小気味の良い書きぶりに、(ある意味、計算高い)頭の良さやセンスが光る。(Suzumeが学生時代に師事した先生が「○大の○○○○」という呼称で時折エッセーに登場する、というのも読む理由の1つ。)もっとも、最初に人気を博した頃の彼女のエッセーは、「独身で男と対等に競い合うキャリアウーマン。モテないけど、本音は男から可愛いと言われたい。」という立場を前面に出したものだったが、その後、結婚・出産という人生のステップを重ね、今はガラリと変わっている。
一方、小説に関しては、女性が持つ微妙で必ずしも美しくない心理を突いている。手軽に読める作品が多いのは、ファッション誌・週刊誌の連載小説が多いからだろう。Suzumeはそういうものより純文学的な作品を好むけれど、手軽なものは部屋で寝転びながら、あるいは歯医者の待合室などでも読めるので、それはそれで重宝する。
前置きが長くなったが「秋の森の奇跡」。ファッション誌「Precious」連載だったので、読者ターゲットが40歳前後に設定されているのであろう。主人公は42歳、夫と娘を持ち、輸入家具店の店長として働く女性。ある日、実家の母の痴呆が発覚する。そして、ちょうど時を同じくして夫に浮気の疑惑が…。それまでに築き信じてきた、夫と母という〝大地〟が揺らぎ、その現実から逃れるように妻子ある男性と接近する主人公。人生という季節は秋へと向かい、様々な問題に直面して森に迷い込む。そんな彼女の求める、不倫でも浮気でも情事でもない、魂が触れ合うような恋愛は存在しうるのか…という話。
意欲的な作品だと思う。既婚女性が他の男性に愛を求める(世間ではそれを不倫と呼ぶが)というテーマに、親の介護問題やそれを巡る兄との確執を絡めているところが新しい。主人公を心理的に追い詰めていく問題がリアルな分、愛情を渇望する気持ちが一層に色濃く浮き出る。この作家は、女性の気持ちを実にうまく言葉で表現する。どんな作品でも一気に読ませてしまうのは、彼女の卓越した心理描写の力だろう。
でも…「物語(プロット)」はガッカリするかも。
「日本中の全女性に問いかける、魂を揺さぶる真の恋愛小説」っていう帯とのギャップが。。。実際、魂なんて揺さぶられませんでしたよ。上流ではないけど中流より上の生活水準、子育てしつつ職場では店長という責任ある立場で、でもネイルサロンやエステにも通う余裕があり、時には夫婦でセレブパーティーに顔を出す…という生活。愛に飢えているときに、次々とタイミングよく登場する、主人公に手を差しのべる男性。いつも通り、都合のよすぎる設定が(世間の平均からそんなに逸脱していないはずの)自分の生活感と違いすぎる。ファッション誌の連載だと「オシャレな設定で」という制約があるのでしょうか。表向きは幸せで恵まれた生活をしていても老いや介護問題からは逃れられない、女性は皆同じような不安や苦しみを抱える、ということかな。でも結局、生活のために働いているわけではなく、中途半端にゆとりがあるから、家庭の問題を抱えている真っ只中に「ちゃんとした恋愛がしたい」と考えるに留まらず、フラフラした行動をとってしまったのではないでしょうか。主人公の心の脆さには共感できても、選択した行動には賛同できない。「お互いの家庭を壊さずに、用心深く、年老いるまで大切に大切に関係を続けていこう」なんて言う男性との関係が、40代/既婚/子持ち女性の“奇跡の恋愛”なのかしら。
秋の森の奇跡