パワフル上海

先週、幸田真音さんの新作「タックス・シェルター」を購入したので、それを手に取る前に前作「周極星」を読む。同書は5月に購入したものの、当時は出張や友人の披露宴&2次会対応等々で目まぐるしい毎日で、とてものんびり読書ができる環境ではなく、そのまま手つかずだったのだ。
ハードカバーって、通勤で持ち歩くにはジャマだしね。。。
タイトルの周極星とは、天極の周りを回り地平線に沈むことがない恒星のこと。膨張し続ける巨大市場・中国を天極に喩えている。激動の中国経済に挑む若い日本人ファンドマネージャー、老獪な邦銀支店長、上海で投資会社とモデル派遣会社を経営する美貌のヒロインが、己の欲望に突き動かされて騙しあう。
Suzumeは上海に行ったことがないけれど、素人なりにニュースや映像からイメージしている、急成長し続けている中国が有する雑然としたエネルギーやパワーやダイナミズムが小説全体から感じられる作品だ。
しかし、これは金融・経済小説のジャンルに分類するには半端な内容かも知れない。自動車ローンの証券化、という材料を用いてはいるが、その取引の内容や盲点についての切り込みは浅く、また、舞台が上海であることとのつながりがよくわからない。むしろ、登場人物の日本と中国のダブル・アイデンティティーに悩む姿や、人物の心理描写は興味深く、「経済小説は難しそうで…」と敬遠しがちな人や中国に興味のある人が難しいことを考えずに読むのに良書かと思う。前述の通り、今の日本には感じられない、中国のパワーやダイナミズムはとても熱く、魅力的だ(美貌のヒロインも素敵)。
幸田真音さんに関しては、「偽造証券」「日本国債」といった正統派な金融・経済小説が書ける作家、ということでファンになった読者も多いのではないかと思う。複雑な金融取引や瞬時に判断を要求されるディールの描写は、それを経験した人でなければ描けないリアリティが随所に散りばめられていて、それが彼女の小説の魅力だったのではないか。だが、最近の作品は現場のリアリティよりも、一般小説のような人間関係に描写やテーマのウェイトが移っているようにも感じられる。掲載する雑誌の読者ターゲットにも左右されるし、経済小説以外のテーマでも書ける小説家、という新機軸を彼女自身が形成しようとしているのかも知れない。いずれにしても、前述のような初期作品でファンになった読者達には、最近の作品は少々物足りないのではないだろうか。
ただ、何かのインタビュー記事で幸田真音さんは「経済って敷居が高いと思っている一般の人が、私の本をきっかけに少しでも興味を持ってくれたら嬉しい。私が小説を書き続ける理由はそこにあるんです。」と語っていた。それならそれで、この頃の作品の傾向は目的にフィットしていると思う。それでもなお、時には一般誌の連載ではなく、書き下ろしで正統派(硬派)な経済小説を発表して欲しい、と願ってしまうのは、ファンのエゴだろうか。最近の彼女は、少し人気が出すぎて忙しいのかもしれない。
 
周極星 タックス・シェルター