分相応の幸せ

一攫千金、玉の輿。実際に行動を起こすかどうかは別として、「そんなチャンスがある日、転がってきたらいいのになぁ」と、誰もが一瞬くらいは考えたことがあるだろう。でも、人にはやはり「分相応の幸せ」というものがある。準備も助走もしていない状態で自分のキャパを上回るチャンスに遭遇しても、そんなにうまい具合には自分の物にはできないのだ。下手したらバランスを崩して、これまで自分が地道に築いてきたものさえも失ってしまう。。。読後にそんなことを考えてしまったのが、幸田真音さんの新作「タックス・シェルター」。
証券会社に勤める深田は、実直さだけが取り柄の財務部長。その誠実さゆえに処理を任された隠し口座を残して、社長が急逝してしまったことから彼の人生が大きく狂い始める。隠し資産や会計処理のことが明るみに出て、社長の遺族や会社に迷惑をかけてしまってはならない…。その事情につけ込んだ仲間達にのせられて原油先物取引に手を出し、一夜にして20億円の利益を得る。そして、巨額の利益の分配を巡ってそれぞれの思惑や欲望が交錯し、どんどん深みにはまっていく。
一方、社長の相続財産調査を通じて知り合った東京国税局調査部国際税務専門官・宮野有紀と親しくなるにつれて、深田には脱税行為の重荷が負担になっていく。そして、ちょっとしたはずみで有紀が脱税行為に気づいたことを知った深田を待ち受ける運命は…。
本書は税金をテーマにした小説なのだけれど、前述の通り「お金という大きな力が人生を翻弄してしまう怖さ」が心に強く残った。Suzumeも含め、一般的なサラリーマンは、源泉徴収というシステムに組み込まれている。いわば「納税」という行為に主体的に関わらない、従順な納税者だ。でもある日、生涯賃金を上回るような大金を手にしたら?しかも課税から逃れる抜け道が目の前に提示されていたら?それでも人は、従順な納税者であり続けることができるだろうか。もしそうであるのなら/そうでないのなら、それは何故なのか。
有紀の一人娘、いづみが大人に向かって質問する。
「ねぇ、税金ってなんですか?大人になったら、どうしてみんな税金を払わなければならないの?」
「これまでも、いろんな人に訊いてみたんです。でも、みんな答えが違っているの…。」
本当に。税金って何だろう。
途中のストーリー展開や人物描写の丁寧さと比較すると、最後はあっけない幕切れになった。登場人物の中でただ一人ストイックであり続けた有紀によって全貌が明されていく過程を追って欲しかった気もするが、それでは小説の焦点がぼやけてしまうだろうから、こういう終わり方で良いのだろう。
これもまた、「経済小説」という硬い響きを意識せずに読める一冊。
幸田真音さんに何度かお会いしたこともあるので、「読みました」とメールを送ったら、丁寧なお返事を頂戴しました♪
 
タックス・シェルター